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Everything's Gone Green

感想などです

虚実の彼岸 ど根性ガエルの娘

 今から漫画「ど根性ガエルの娘」とかのことを書くので、できれば以下のリンクの漫画を読んで来てくださいね。

 

r.gnavi.co.jp

ど根性ガエルの娘 1 (ヤングアニマルコミックス)

ど根性ガエルの娘 1 (ヤングアニマルコミックス)

 
ど根性ガエルの娘 2 (ヤングアニマルコミックス)

ど根性ガエルの娘 2 (ヤングアニマルコミックス)

 

  

 そしてこのリンクの「15話」を読みましょう。

http://www.younganimal-densi.com/ttop?id=78#

 

 読みましたか? 読みましたね。怖かったですね。恐ろしかったですね。

 

 我々はフィクションを消費する時、知らないうちに「この話はこういうジャンルだからこういう感じになるはずだ」と、これまでの経験や期待からどこかで決め込んでしまう。この「ど根性ガエルの娘」はその決め込みを利用した極上のミステリだ。

 

 田中圭一の「ペンと箸」で取り上げられた際のストーリーは「スランプやギャンブル狂いや借金と色々波乱万丈だったけど、今では家族揃って平穏にやってます。そんな父の好物はみんなで食卓を囲んで食べる焼肉! おいしいですよね!」という、ちゃんと読者にカタルシスをもたらしてくれるものだ。これに続いて始まった、ど根性ガエルの作者吉沢やすみの実の娘である大月悠祐子の「ど根性ガエルの娘」でも、連載当初はこのカタルシスをもたらした構成は守られる。若くして成功してしまった父とどこか抜けた母のなれそめ。シャレにならないエピソードだって今だから笑えるよね。絵柄もホンワカしていて、なんというか便所でも読める内容。家族を扱ったエッセイ漫画ってこうだよね。わかるわかる。

 

 しかし、娘である作者が誕生した後の話になる2巻の第8話から漫画のギアは一気に切り替わり、到底便所で読める家族エッセイ漫画とは言えない内容に激変。そして昨日公開された15話では、ついに読者が勝手にホンワカしていた場所は実は巨大な地雷原であったことが明かされてしまう。もうこれね、本当に見事な叙述トリックですよ。おれたちは巨大な爆弾の上でボンヤリと茶を飲んでいた。なんと無神経でアホなのか。そこは最初から愛憎渦巻く血なまぐさい戦場であり続けていたのだ……。個人的にはオセロで相手が一気に盤面をひっくり返してしまった時のような、暗い興奮があった。

 

 最初に田中圭一が取材したのは大月の弟なので、父親に対する主観的な評価は全然違う可能性はある。しかし、語られていないことが数多く埋まっており、そのバックグラウンドは果てしない情報量がある。もはや「吉沢やすみの娘自身が描いた」という触れ込みで公開された今までの14話のどこに爆弾が埋まっているかわからないし、誰が本当のことを描いているのかもわからない。多分全部本当なんだとは思うけど、しかしそれにしても、こんな地雷が埋まっているのを見せられて、「今までの話は本当です」とは到底思えない。実録という触れ込みを巧妙に利用した、まさにミステリ的な読み心地である。虚実の判別なんて意味はないし、よく考えたらおれだって父に気を使って心にもないことを言った覚えはある。家族というのは虚実や善悪の彼岸にあるものなのかもしれない。

 

 しかししみじみと恐ろしいのは最初に「ペンと箸」を描いた田中圭一だ。田中圭一は有名漫画家の絵柄を勝手に流用して下ネタや下世話なギャグを描きまくるお下劣専門の漫画家と思われているが、その実大変に読者という君主に向けたサービスを欠かさない、まるで中世の道化師というか、モンティ・パイソンの「村のアホ」のコントのようなタイプの漫画家である。「ど根性ガエルの娘」ほどの事態ではないにせよ愛憎入り混じった感情を抱えた父と娘は世の中にたくさんいるだろうが、田中圭一吉沢やすみ一家とは赤の他人で、そして邪悪なサービス精神に満ちた作家だ。普段は巨匠の絵柄でお下劣ギャグを描いている田中圭一がその絵柄のままで有名漫画家たちの個性的でちょっぴり泣けて、しかも全人類共通の関心事である「食」に関するエピソードを紹介する。これほど固い企画もなかなかない。そして田中圭一は読者の需要を見逃さず、実際にはまだ全然ケリがついていないストーリーをあんな美談にまとめあげたのである。

 

 これは別に田中圭一を非難しているわけではなく、逆にすごいなと思っている。まさに職人芸。事実、大半の読者は「う〜んいい話だ」とこの漫画を読んだはずだ。そしてだからこそ、その職人芸を逆手にとって15話で「焼肉」の伏線を鬼気迫る方法で回収した大月悠祐子によるどんでん返しが冴え渡るのである。いや、これはほんとに恐ろしい話ですよ……。

 

 それにしてもグッとくるのは、大月悠祐子はこの状況で「Piaキャロットへようこそ!!2」とか「ギャラクシーエンジェル」とかゼロ年代前半の能天気なオタクコンテンツの漫画を描いていたのか……という点。なんというか、もうあらゆる意味で職人芸としか言いようがない。