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Everything's Gone Green

感想などです

ボビー・バードの苦悩 『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』

 映画『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』を見た。"魂"のところは「ソウル」と読む。

 ネタバレになるかもしれないのでイヤな人はここから先を読まないでください。

 


Get On Up Official Trailer (2014) James Brown ...

 

 ファンキープレジデントにしてショウビズ界1の働き者、ゴッドファーザーオブソウル、ジェームス・ブラウン(以下JB)の伝記映画である。そういう内容ではあったのだけど、この映画はJBの映画に見えてJBだけの映画ではなく、彼を支えた女房役のミュージシャン、ボビー・バードの物語でもあった。

 話としては古典的。才能と努力、モーツァルトサリエリ、ペコとスマイル、(『バガボンド』のほうの)宮本武蔵と吉岡伝七郎みたいなアレだ。ボビーは元々コーラスグループを組んでおり、慰問で車上狙いでとっつかまったJBが収監されている刑務所に赴く。そこでJBと劇的な出会いを果たし、身寄りのなかったJBの身元引き受け人となって一緒にバンドを組み、そこから一気にのし上がっていくJBの姿を常に一歩後ろから見続ける立場であり続ける。ボビーだって並のミュージシャン程度なら負けない程度の腕はあるが、なんせ相手はMr.ダイナマイト、20世紀最強のポップアイコンであるJBだ。妻を殴り気に入らないことがあると散弾銃をぶっ放すハタ迷惑な男でありながら、歌っても踊っても喋っても立っても座っても人々を魅了し視線を集める最強のエンターテイナーを目の前にして、ボビーはひたすら女房役に徹するしかない。元々JBの圧倒的才能を見極めて音楽の道に引き込んだのは自分であるにも関わらず。

 この映画の邦題がすでにそれを物語っている。この映画の現代は『Get on up』。これはJB最大のヒット曲である『Sex Machine』においてJBが「ゲロッパ!」とシャウトした後に被さる低音の「ゲロンナッ!」という間の手のフレーズであり、この「Get on up!」というフレーズを歌っていたのがボビー・バードだった。タイトルの時点でこの映画にはボビー・バードへの深いリスペクトが込められていることがわかる。が、日本で公開された時のタイトルは冒頭にも書いた通り『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』だ。

 誤解しないでほしいけど、おれはこの邦題にしたこと自体は非常に妥当な判断だと思っている。「Get on up」というフレーズを目にして「ああ、JBのあの曲のあのフレーズね」とわかる日本人はそうはいないだろうし、タイトルに「ジェームス・ブラウン」の文字がないのはマズかろう。映画の配給や宣伝というショービジネスのど真ん中にいる立場の人々がこの邦題を選ぶのは非常によくわかる。原題のままで公開するのは独善的な判断だという気すらする。

 

 でも、だからこそ、日本でのこの映画の公開において、一世一代の仕事であり代表作であるフレーズを切り落とされてしまったボビー・バードという人の悲哀は強く心に残る。なんせ「Get on up」というタイトルでは商売にならないのだ。映画本編で、パリでの公演が終わったJBに向かい「おれも一人でやってみたら、このくらいのホールはいっぱいにできるかな」と話を持ちかけたボビーは、JBによって「てめえおれのプロデュースで曲を出すからって調子のってんじゃねえぞ!誰のおかげでここまで来れたと思ってんだ!!おれと対等にでもなったと思ってんのか!?」と罵倒されて心をボキボキに折られ、彼のもとを去る。しかし、日本でこの映画を原題で公開できない程度にはJBのこの罵倒は正しかったのだ。そして、努力を重ねJBの後ろで演奏できるレベル(これがムチャクチャ大変だというのはこの映画でもきっちり説明される)に到達し充分腕のあるミュージシャンでありシンガーであるボビーにこの台詞を吐けるのは、生まれながらの天才であり、何があっても反省をしない男であるJBだけなのである。

 

 映画の終盤、JBと袂を分かって何年も経つボビーのもとをJBが尋ね、近所で開催される自分のショーのチケットを(ややツンデレ気味に)渡すシーンがある。そこでチラッとだけ出てくるその後のボビーの生活は、派手ではないにせよ一応庭にプールのある庭付きの一戸建てに住み、結婚もして穏やかに暮らしている、というものだ。そしてJBはその日のショーでなかなかに未練がましい一曲をボビーに捧げる。しかしきまぐれにそんな謝罪をブン投げることができるのもJBがJBだからだ(なんせその日の演目をいきなりぶっちぎっている)。神の恩寵を得た天才にだけ可能な謝罪。凡人は泣きながら受け入れるしかない。生まれながらに他者を圧倒し続けるほどの天与の才を持った人間にしか不可能なことというのは世の中に厳然と存在するのである。

 

 それにしても、その後のボビーが普通に生活していて本当に安心した。彼が野垂れ死んでいたりしたら……と考えるとおれの細い神経では耐えられそうにない。