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感想などです

因果地平の果てまでかっ飛ぶ、低予算ホラーの星 『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズ

 巷で話題の『コワすぎ!』シリーズをとりあえず最終章まで見た。一応ここで一区切りである。

 

 

 東京で暮らしていると、ちょいちょい変なものや人を目にすることがある。ブツブツ独り言をいいながら電車に乗っている小汚いおじさん。道ばたの吐瀉物。まるでおれの乗っている自転車が見えてないかのようにスッと道に飛び出してくる老婆。繁華街の路上にぶちまけられた生ゴミに群れるカラス。ボロいアパートに雑にガムテープで貼り付けられた意味不明な張り紙。人相の悪いネットカフェ難民。もちろんこんなものは東京じゃなくても目にするんだろうけど、頻度で言ったらやっぱり都会は人が多いぶんだけ圧倒的だ。

 『コワすぎ!』シリーズの製作者である白石監督は、こういう、我々が「触れたくないな、見なきゃよかったな」と思うものをフックアップして一気に怪異へと昇華させ、建物の外壁に貼られた不気味な張り紙一発でざらりとした気持ちの悪い手触りを見ている側になすりつける。おれたちが暮らしている現実と地続きにある異物を手持ちカメラで見せることで、日常のすぐ裏側にあるゾワゾワするような異界のレイヤーを浮き彫りにする。

 

 だが、『コワすぎ!』はそれで終わるようなタマではない。タイトルの通り、単に怖いのではなく、怖"すぎる"のである。過剰なのだ。なにが過剰なのか? 工藤がである。とにかくオーバーキルな主人公、工藤の存在によって『コワすぎ!』は日常の延長から一足飛びに因果地平の彼方までぶっ飛んでいく。

 

  工藤は映像製作を生業にするディレクターだ。『コワすぎ!』は彼の元に怪奇現象を撮影した素人からの投稿映像が届き、その謎を工藤とADの市川、撮影担当の田代という3人の取材班が解明しようとする、という流れで話が進むので、ディレクターが取材すること自体はなんの不思議もない。

 が、このディレクター工藤が異常である。第一話の冒頭、投稿者から送られてきた口裂け女と思われる女を捕らえた映像を見て、いきなり「この口裂け女を捕獲します」と言い切る。なんで!? 捕獲してどうするのあんた!? という視聴者の疑問はそっちのけで、手がかりと見るやホームレスのおっさんに現金(1000円×3枚)を掴ませ、殴り、脅し、また殴って情報を引き出すという流れが圧倒的ハイスピードで展開する。そのくせ小心者なので本当に危険そうな場所は市川に行かせたり、病み上がりでは普通に弱かったりと隙だらけな所も見せる。絶対上司にしたくない男2015年上半期ナンバーワン。まさに三面六臂の大活躍なのだ。

 この工藤の圧倒的暴力により、日常によりそった怪異を追うホラーだったはずの『コワすぎ!』は河童との壮絶な殴り合いになり、タイムリープを繰り返す時間SFになり、壮大な「この世界線すべて」を大きく巻き込んだ怪異と工藤たちとの戦いのサーガになっていくのである。奇怪だけど日常的な風景が一気に世界線全体の趨勢を決する決戦に直結されるという点では『コワすぎ!』はセカイ系と言えなくもない(そうか?)。

 

 そしておれが最も感銘を受けたのが、「最終章」において他の白石作品の登場人物がすごくいいタイミングで出てくる点である。詳しく書いてしまうと興を削ぐのであんまり書かないけど、「最終章」を観賞する前に「オカルト」だけは見ておいたほうがいい。興奮度がまったく違う。

 このタイトルをまたいで白石作品の登場人物が現れる展開は、まさにマーベルとディズニーが展開している一連のマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)映画の手法そのものだ。アメコミは出版社ごとに巨大な世界観を共有しており、スパイダーマンキャプテンアメリカも同じ「マーベルユニバース」の住人である。だからタイトルが違えども漫画の中でいきなり競演することができるのだが、白石監督はこれと同じことをMCU映画よりもずっと安上がりにやってのけているのである。アメコミ風に言えば「アース白石」の帰趨を我々は目撃させられてしまうのである。低予算のDVDの連作、という形でなければ日本国内でこれだけ壮大な仕組みを実現するのは難しかったのではないだろうか。その点だけでも猛烈によく練られた作品だ(余談だが劇場版で明かされる工藤のオリジンを見ておれはバットマンを思い出した。金属バット的な意味では工藤だって充分バットマンである)。

 

 いいホラー作品からは製作者の笑い声が聞こえてくる、というようなことを中島らもが書いていたが、『コワすぎ!』シリーズからは確実に白石監督を初めとしたスタッフや出演者たちの爆笑が聞こえてくる。シリーズはまだまだ『超コワすぎ!』として続いているので、彼らの笑い声はやみそうにない。「超」って、この上さらに過剰になるのかよと戦々恐々としているが、とりあえずおれも目が離せそうにないのでコックリさんと蛇女の回はタイムシフト予約した(これ書いてる現在、ニコ生で連続放送されているんですね)。人に勧められて見たおれが今更勧めるのもおこがましいが、見てない人はとにかく必見である。見ろ。